体技心〜頭でっかち・不安症克服ブログ〜

心をどうにかする前に、まずは体を動かす。鍛える。心を重視しすぎない健康ライフを楽しんでいきます。

インプットを前提としたアウトプット

これは僕の師匠から習った事ですが、

インプットを前提としたアウトプットが、物事の極意であると。


アウトプットを前提としたインプットは何と無く想像がつくと思います。


例えば、「誰かに教えるつもりで勉強すると、頭の中が整理されやすい」とかですね。


けど、体技心的には、その逆も起こりうるのです。


つまり、動いてみたらいろんな事に気がつくという事です。


この逆の感覚を覚えていると、「よし、じゃあ動けば分かるな!」と分かるんです。


このブログを書かせていただいて、ありがたくも皆さんに星を頂いてる事で、いろんな事に気がつくことができています。まさに、アウトプットを先にすることでインプットができている状態。


ブログっていいですね!皆さんありがとうございます!




何もしない時間の大切さ

今日はボケーっと散歩してみた。

草を見て、花を見て、ただただ身体で何かを感じようとしてみた。


そんで、頭が空っぽになると、やっぱりいい事しかないんだなぁと思った。


僕は今まで、空いてる時間を惜しんで、勉強したりブログを読んだりしてたけど、そういうものってぜんぜん身についてないし、むしろ頭の中のエントロピーを無駄に増大させてしまってる気がする。


ぼーっとするってスゴく無駄なことのように思えるけど、実は一番の近道だなぁと思った。瞑想も同じですね。

狂気感がなかった自分

今まで僕は、誰かが作ってくれた攻略法に乗っかるばかりだった気がします。


けど、これからの時代はたぶん、正解なんてないし、昨日の常識が明日の非常識になるような、生き馬の目をくり抜く時代だ。


だから、だれかの正解をなぞるのではなく、あくまで大いに参考にしながらも、自分の目の前にある事に全力を注いでいく。一見誰から見ても無駄、自分でも無駄に思えても、全力でやる。もう、文化を作り出すくらいの気概でやる。そんくらいじゃないと!

自分ができることなんてうんこみたいに少ない

僕は体技心というテーマを打ち立てて、早二ヶ月が経ちましたが、

「自分ができることは本当に小さくて少ない」

ということにだんだんと向き合えるようになってきました。

 

心、つまり頭で考えすぎていた時は、

「あれもできるかも」

「英語の勉強もして、筋トレもして・・・」

「おなきんもしてモテモテで・・・」

と、どんどん妄想が暴走しがちでした。

 

その暴走した勢いで何かを始めるのですが、たいていが

「思ってたのと違うな・・・」

といって、途中で投げ出していました。

 

思っていたのと違うのは当たり前ですが、この落差にどうしても落胆してしまい、次への行動がどんどん億劫になっていました。

 

けど、まず体から動かしてみるということをやると、できることって本当に少ないんだという事実を知ることができましたし、考えすぎることをしなくなったので、妄想との落差もあまり起きず、そこにがっかりしませんでした。

 

そして何より、現実が進んでいるという事実だけで、人はこんなにも安心することができるのかと驚いています。

 

前の自分はひどかったですね・・・。頭で考えて、その通りにできなくて落ちこんで、勝手に現実がストップしている妄想に駆られて、また落ち込んで、そこから抜け出そうとしてまた頭で考えて・・・。いやぁ、地獄ですよこれは笑。

 

まだまだ体から動く感覚を研ぎ澄ましていきたいです。筋トレもぼちぼち続けていますし、心を煩わせる前に、体から変えていく大切さをもっと感じていけそうです。

 

 

朝の習慣をどうするか?

僕はとにかく朝に弱い。

貧弱な体がそうさせるのかもしれないが、これは鍛えていくしかないとして、直近の対策はどうしようか・・・。

 

以前試したもの(つまり失敗してきたもの)を列挙してみると、

・朝起きてすぐに歯を磨く:歯を磨いた後に布団に入ってしまう

・鏡の前でアファーメーションをする:アファーメーションがあまり気に入らなくなってきて、やめる

・勉強しているノートを見返す:頭が無駄に働き始めてしまい、ソワソワしだす

・朝起きてそのままスマホを見るのを禁止する:我慢できなくて失敗

 

・・・こうしてみると、朝はとにかく心が雑魚すぎる。僕の経験上、心は心では説得できない。雑魚が雑魚に説教したところで、何の進歩もない。むしろ心をすり減らすだけだ。

 

というわけで、朝は強制的に運動して、体から起こす方法を試すべきだと考えた。

 

今候補に挙がっているのは

・筋トレ

・お散歩

の二つだ。

 

筋トレであれば、昔習慣にしていたので結構とっつきやすい。しかし、起きた後部屋にいるというリスクがある。果たして心が雑魚の状態で、布団をたたんで筋トレをできるのだろうか?

 

その点、散歩は良さそうだ。強制的に人の目にふれるし、外の空気を吸うことにもなる。雨の日だって、傘さして散歩くらいはできる。その後で筋トレでもなんでもすればいいじゃないか。

 

というわけで、明日は目を覚ましてからすぐに散歩に出かけることとする。

やっぱり元に戻します!

皆様ご無沙汰してます。


ここのところ、循環というテーマでブログを書いていましたが、なんだかボンヤリしてて何をしたいのか自分でも分からなくなってきたので笑、元に戻します!


ここのところ思うのは、やはり僕は考えすぎて動けないことが多いという事。やってみると案外ぜんぜん大丈夫って事が多いのに、なかなかそっちで生きられない。


あと、目標とか計画とか無駄に考え過ぎてしまう。これは僕の場合、目の前のことから逃げるために行われている事が多い。というか殆どだ。


大義名分を掲げるのは良いけど、結局足元が疎かになってる…これじゃあせっかくきたチャンスが逃げて行くし、そもそも自分のステージが変わっていかない。


だから、とにかく目の前のことに集中する!それを楽しむ!すけべ心を出して、将来のことを無駄に妄想しない!それでうまく行く気がするんだ。


今ここに強烈なスポットライトを当てる!嫌われる勇気でも言ってたことだ。


がんばろう。

気軽さを忘れない

今日は、

「この仕事は三時間くらいで終わるかなぁ。夕食終わってから手をつけよう」

と思って、

 

結局なんやかんや手をつけられずに終わってしまった・・・。

 

結局、三時間かかるという気重さに負けてしまったのが敗因。

 

最近は仕事が充実していて

「よしもっと時間をかけるぞ!」とか

「もっと工夫しよう!」とか、

それ自体は決して悪いことではなく、むしろいいことですが、

それが少し悪い方向に働いて、気が重くなっていました。

 

食べる前から胃もたれしている状態です。

 

それとは逆に、テキトーに始めたのに、気がついたら乗ってきて何時間もやっていた・・・なんてことはままあります。特に漫画とか遊びとか。

 

これってたぶん、気軽だから成せる技なんでしょうね。

仕事だからちゃんとやらないと・・・と考えすぎて、この感覚を無視するのは勿体無い気がします。たぶん、この感覚をコントロールできるはず。

 

だいたいにして、今回もやり始めたら、単純に時間では計れない仕事もでてきたので、結局やり始めたら計画は破綻してしまいました笑。だったら最初に15分でも気軽にやって、ノってくる感覚を使ったほうがよさそうです。

 

そう考えると、「遊び」という言葉は面白い。遊びの感覚で仕事をするのは大切だし、そうすると心に「遊び」ができる。

 

もちろん、仕事に対する情熱は持ち続けるけど、

それが気重にならないようにしたい。

 

どこかで気軽さを忘れず、どちらも包括して行動していこう!

 

ちなみにこの記事もテキトーに開始したら、そこそこ乗ってきてかけました。

 

お読みくださりありがとうございました!